この本を読み終えてすぐ、わたしは自分が育てているバラをよ〜く見つめました。そのバラは青白いピンク色の花を咲かせるバラですが、夏の暑さで弱り、このところ花を咲かせていませんでした。わたしは花についてはすっかり諦めて、ただバラが生きてさえいてくれればいいと思っていました。けれど見つめてみるとそのバラに、1つだけ蕾ができていたのです。驚きました。バラは弱りながらも生き続けていて、これからまた以前と変わらず美しい花を見せてくれるでしょう。が・・・、わたしは嬉しさと同時に、悲しさも感じました。蕾が今日できたばかりのものではないことに気づいたためです。バラは蕾をつけた時からずっと、「ねえ見て。まだ、咲けるよ」とメッセージを送り続けていたかもしれないのに。

 サン=テグジュペリの妻コンスエロは、ずっと夫を待っていました。飛行士として長い長い空の旅に出た夫が帰ってくるのを待ち、他の女性たちのところへ行ってしまい他の女性に愛を囁いている夫が帰ってくるのを待ち・・・。夫は夫なりに彼女を愛していたし、その愛を彼女に伝えてはいたけれど。 「寂しい」という感情が、彼女が書いたこの回想録から伝わってきます。推敲はされているけれど、彼女が夫との14年間の日々を心のままに綴った回想録。彼女しか知りえなかった、1人の女性の夫としてのサン=テグジュペリを知ることができます。
 彼が操縦する飛行機に初めて乗る時、彼女は彼の手をラファエロの手にたとえています。巧みで、神経質で、繊細で、力強くも美しくもある手(P44、45より)。彼女にキスしてもらうために飛行機で急降下するふりをしたり、上昇・下降を繰り返した結果彼女だけでなく他の友人も飛行機酔いさせてしまったり、彼女の手が小さいことに気づいて「こどもの手だ」と喜ぶ・・・彼のそんな一面について語る彼女の言葉には優しさが満ちています。会って数時間でプロポーズされたこと(サン=テグジュペリは自分の容姿に自信を持っていなかったそうなのですが、初めて会った時から彼女に強く惹かれていて、他の誰にも渡したくなかったのかもしれませんね)。彼が生み出した名作『夜間飛行』は彼女へのラブレターから生まれたこと。彼が何通も何通も「結婚したい」と手紙を送り続けたこと。
 そしてその後の結婚生活でお互いに傷ついたこと・・・。彼は彼女に合わせることができず、彼女も彼に合わせることができなくて、次第に話し合うことも喧嘩することも少なくなっていった。お互いに、他に好きな人ができた。
 (・・・わたしは彼女の言葉を通して、彼の苦しみが伝わってくるように思いました。愛に満ちた物語を書ける人でも、その人が実際に自分の愛する人をうまく愛せるとは限らない。けれどそれは愛していないからではない。きっとその逆。誰も愛せない人が、読む人の心を揺さぶる物語を書けるはずがないから。彼にとっては色んな女性と付き合うことは自分自身を保つために必要なことだったのかもしれません。彼は飛行士。飛び続ける運命。彼女を傷つけることを知っていながら、彼女の傍に居続けることができない。それでも彼にとっては、離陸するのも着陸するのも彼女の元からでなければ駄目だったのでしょう。けれどその不器用な想いは、彼女を解放できない自分を責め、彼女から解放されないことに強い抑圧を感じ彼女から逃れようとする日々を生み出してしまった。・・・だからこそ神様は彼に、物語へ愛を込める力を与えてくれたのかもしれません・・・。皮肉ですね)
 2人は何度も離婚の危機に直面しながらも、離婚することはありませんでした。
 彼女は彼が 『星の王子さま』の続きを書こうとしていた、とこの回想録の中で書いています。彼は最後の飛行に向かう前にこう言ったのだ、と。
    
 「君の小さなハンカチをおくれ。そこに僕は『星の王子さま』の続きを書く。物語の終わりに、王子さまはそのハンカチを王女さまにあげるんだ。君はもう棘のあるバラじゃなくなるだろう。いつまでも王子さまを待っている、夢の王女さまになるんだ。その本を君に捧げるよ。君に本を捧げなかったことが、諦めきれない」(P333より)

 『星の王子さま』の内容をご存知でない方のためにあらすじを御紹介します。大分要約してしまうので、是非これが全てだと捉えずにいつかご自分で『星の王子さま』を読んでみてください。・・・星の王子さまは自分の星でバラを育てていました。けれど王子さまはバラと喧嘩してしまい、バラを置いて星を飛び出しました。王子さまは様々な星を旅します。その旅の中で、王子さまは自分のバラはどこにでもいるようなバラだった、と知って泣いてしまいます。しかし王子さまはこのことも知るのです。自分にとってはそのバラは、他のどこにもいない特別なバラだということを。王子さまは自分の星へ帰っていきました。バラと仲直りをするために。
 本当に彼が続きを書くつもりだったのかどうかはわかりません。彼も彼女も既にこの世を去ってしまいました。けれどもし『星の王子さま』の続きが書かれていたなら。王子さまはバラの元へ帰り、バラと仲直りできたのかもしれません。バラは王女さま・・・つまり王子さまと対等な存在となり、王子さまと王女さまは寄り添えるようになるのです。もしかしたら王子さまはまた違う星へ出かけてしまい、王女さまはまた王子さまを待つことになるかもしれませんが、もう以前とは違うのです。
 星の王子さまをサン=テグジュペリであると例えるなら、バラはコンスエロ。続きがあって欲しかった。

 本当にこの本、洒落た題名です。『バラの回想』だなんて。表紙にも背表紙にもバラが描かれていますし。表紙なんて、彼と彼女の間にバラが配置されていて、まるでバラが今でも2人を繋いでいるみたい。この表紙を見ていると、『星の王子さま』の続きを想わずにはいられません。
 そしてこの表紙を見る度に、わたしの視線は次に自分のバラへ向かいます。本当は、視線が真っ先にバラへ向くと良いのですけれど。忘れてしまいがち。ただ水をあげるだけ、ただ肥料をあげるだけ、になってしまいがち。だからこの本を毎日使う机の上に置くようにしています。寂しい思いは、もうさせない。

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