この映画は、ラストをどう解釈するかによって自分の性格が良いか悪いかわかってしまう映画でもあります。

 *注*以下は完全ネタバレを含むあらすじです。
 この映画の主人公はハロルド・クイック。端整でもなく不細工でもない容姿(失礼な・・・)の中年男性で、職業は国税庁の会計検査官。独身で一人暮らし、恋人もいない生活をずっと続けてきました。
 彼はある日突然、自分にしか聞こえない女性の声に気付きます。女性の声は「〜彼は知る由も無かった」などと、小説の三人称の語り口で彼の人生を語り続けるのです。女性の声は、彼の行動全てを忠実になぞって描写していきます・・・。女性の声は、彼がじき死ぬということさえほのめかしました! 彼は危機感を持ちます。「僕はもしかすると小説の登場人物なのかもしれない」「そして、筋書きで僕は死ぬことになっているのかも・・・」。そう恐れた彼は文学の研究家のもとを訪ね、「自分は本当に小説の登場人物なのか」「もしそうであるとしたら、その小説はハッピーエンドで終わるのか」「一体その小説家を書いているのは誰なのか」を探っていきます。
 探っている間に、彼には恋人ができました。恋人は、ケーキ屋を経営している女性アナ・パスカルです。出会いのきっかけは、アナが店の税金を「税金を戦争に使わないで」と政府に主張するため滞納していたこと。アナが彼女のお店へ税金の調査に行ったことが二人の出会いでした。アナは美味しいお菓子が人生を楽しくしてくれることを知っている女性です。彼はアナといる時人生で初めての安らぎを感じました。彼はよりいっそう「死にたくない」という思いを強くしました。
 そしてついに、なんと彼は自分の生きているのと同じ世界(小説家が作り出した異世界ではない)に生きている女性小説家を見つけ出します。彼女はこれまで執筆してきた小説全てで、結末には必ず主人公を死なせてきた小説家。全ての主人公に対して「非常に好ましい人物」と親愛の念を抱いていながらも、ずっと死なせ続けてきたのです。なので彼女はこの小説でも、いつものように主人公を死なせようとしていました。しかし彼女の目の前にハロルド・クイックが現れます。ハロルドは彼女に訴えます、「僕を殺さないでくれますよね?」と。
 まさか自分が執筆している小説の主人公の人生と実在の人物の人生がリンクしているとは思いもよらなかったため、彼女は驚愕。「その目・・・その口・・・」彼女はハロルドを見て微笑みました。まるで生みの母親と息子が初めて会ったかのようなシーン。彼女はハロルドに「僕を殺さないでくれますよね?」と聞かれる以前から彼を死なせたくないと思っていたため、この時彼女の心は彼を死なせない方向に大分傾きます。
 しかし彼女は強い恐れを感じます。現在執筆中のこの小説は彼が死ななければ最高傑作にはなり得ません。彼女は小説家として、どうしても彼を死なせなければならないのです。彼を生かしてしまえば作品の出来が落ちてしまう。けれど主人公を死なせれば、実在するハロルドまで死んでしまう。彼女は迷い続け、ぶるぶる震えながら「彼は死・・・」とまで書いてしまいました。けれど「彼は死んだ」とまでは書けず、彼女は苦しみます。苦しんだ末、彼女はこんな結末を書き終えました。彼は交通事故に遭ってしまったけれど奇跡的に生還し、以後恋人と共に幸せに暮らした・・・と。結末が書き終えられたことによって、小説の主人公とハロルドを繋いでいたものは切れ、ハロルドは自由の身になりました。もはや彼は小説家によって殺されはしないのです。
 この結末によって小説の出来はぐんと落ちてしまいましたが、小説家は言います。「だってこれは、自分が死ぬと知らずに死んでいく男の話よ」。「細部を書きなおすわ」。


 *注*「良かった、ハロルドが死ななくて」とホッとしたあなたは性格が良いと言えます。以下の文を読むことはおすすめできません。

 「あれ? なんか腑に落ちない」と思ったあなたはわたしと同類! どうぞ以下の文へ。
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 以下はわたしが解釈した、この小説家の考えです。彼女の「細部を変える」という選択をこう解釈するか否かで、この映画にブラックな要素を感じるか否かが分かれると思います。
 (ハロルドは自分が死ぬかもしれないと知っていた。自分が小説の登場人物かもしれない、ということ気づいていた。気づいている上で、今まで何日間も生活してきたしこのわたしを探し当て、わたしに殺さないでくれと言った。自分が死ぬと知らずに死んでいく普通の男の話より、こっちの方が面白い小説になるわ!)
 彼女は以上のように考えたのではないでしょうか? 小説家であれば誰しも作品の出来を何より大切にするものです。もちろん小説家も人間ですから、人によっては違うでしょうが・・・。人の命か作品の出来かならば、作品の出来。だからこそ彼女はハロルドが実在の人物だと知った時すぐに結末を変えたりはしなかったのです。彼女が細部を変えるという素晴らしいアイディアを思いつかなければハロルドは・・・(><) 殺されていたでしょうね。そして彼女の小説は、自分が死ぬと知らずに死んだ普通の男を主人公にした最高傑作になった。そう思うとこの映画にブラックな要素を感じざるを得ません。

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