舞台は昭和が平成へと変わった頃。
 季節は原爆が落ちたのと同じ、夏。
 孫たちは夏休みをばあちゃんの家で過ごしました。じいちゃんは原爆を長崎に落とされて死亡。ばあちゃんはじいちゃんを探しに長崎へ行った際被爆しています。

 孫たちは原爆のことを知ってアメリカ人を嫌いになりかけました。
 ばあちゃんは孫たちに言いました。「みんな戦争のせいたい。戦争が悪かとやけん。戦争で日本人もたくさん死んだけどアメリカ人もたくさん死んだ」と。
 実際に戦争を経験したばあちゃんがそう言ったので、孫たちは少し冷静になれました。
 孫たちはアメリカ人の機嫌を窺う日本人に対しても嫌悪を露わにします。孫たちよりばあちゃんの方が余程この嫌悪を強く感じていたことでしょう。この映画では、ばあちゃんがアメリカに帰化した兄のことを思い出せない、ということでこの嫌悪が描かれています。ばあちゃんは10人以上いた兄弟の名前を黒板に書いていき、その兄以外の全ての兄弟の名前を書くことができたのに、なぜかその兄の名前にはピンとこなかったのです。その兄の上と下の兄弟のことは思い出せる上、真ん中に誰かいたということも覚えているのに。
 この理由については直接的に描かれませんでしたが・・・わたしは以下のように考えます。ばあちゃんは当時兄を「裏切り者」と強く思った。戦時中は鬼畜米英と叫びながら戦後はアメリカかぶれしていく者たちと同じだと思った(別の映画ですがわたしは『火垂るの墓』の最後あたりでこれを強く感じました。レコードを聴き洋服を着る日本人に対して「嫌だなあ」と思いました)。兄を初めからいなかったと思いこもうとした。普通の物忘れとは違い「思い出したい」と思わないから、全く思い出せない。・・・と。

 こういう戦争の傷もあるんですね・・・。
 頭では「戦争が悪いのであって人が悪いのではない」と思っていても・・・。

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