一人では出来ないことを誰かと一緒にすることでその何かから卒業する・・・という喜びが描かれている小説です。
 『卒業』の他に、『まゆみのマーチ』、『あおげば尊し』、『追伸』を収録。いずれの話においても、子どもというものは大人が思うほど子どもではなく大人が思うほど大人ではない、という視点が大事にされているようです。


 それぞれの話を簡潔に説明すると、

 『まゆみのマーチ』は父と息子が一緒に引きこもりから卒業していこうとする話。
 父が息子に対してその愛情をわかりやすく示したことによって息子に変化が現れる描写が素敵です。辛い時は「~しなければ後で自分が困るんだぞ」と厳しく言われるよりも、「お前のことが好きだからお前と一緒に乗り越えていきたい」と言われる方が嬉しいですものね。

 『あおげば尊し』は教師という仕事から誇りを持って卒業していく話。
 憎まれ役(生活指導など)の教師だったため教え子から結婚式に招待されることも昔を懐かしんで訪ねて来られることもなかった老人が、自分の死にゆく姿を自分と同じく教師の道を選んだ息子の教え子に見せることによって最後まで教師として生きる話です。お葬式で「あおげば尊し」が歌われるラストがじんわり胸にきます。

 『追伸』は死んだ生みの親を想うあまり育ての親を顧みなかったことから卒業する話。
 幼い頃に生みの親を亡くし、やがて新しく育ての親がやってきて、周りの人も生みの親について余り話さない。そんな状況で主人公は、自分が生みの親を想い続けなければ生みの親の存在が完全に無くなってしまう・・・そんな気がしていたのかもしれません。育ての親は不器用なせいでうまく愛情を示せないし、主人公は生みの親をひたすら想い続けたままで・・・それから長い時間が経ってからもギクシャクした関係のまま・・・。それでもお互いが生きている以上、お互いの歩み寄りがあれば和解できる。そんな話だとわたしは解釈しました。

 そして『卒業』は・・・説明するのが一番難しいです。
 自殺した男性についてみんな彼の存在を出来るだけ思い出さないようにしていたけれど、彼の娘が「なぜあの人は死んだのか」を知るため情報収集を始めたことをきっかけに、みんなそれぞれ彼の思い出や死と改めて向き合い、その人なりにスッキリした・・・だから『卒業』と題されたのだと思います。
 他の話と比べれば釈然としないラストではあるのですが、わたしはこの『卒業』を読み、今まで向き合おうとしてこなかった「乗り越え難きもの」と向き合おうと決心しました。

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