劇場で。
 わたしはただ赤の女王だけに見入っていました。


 赤の女王イラスベス。
 いかにもバートン監督が偏愛しそうな異形の者。
 体の比率はまるで幼児のようで、けれど頭以外の体は大人の女性のものに成長した。それでも心は幼児のように貪欲で、自分以外の生き物に対して残忍。
 だから彼女は殺し続ける。美しい妹だけを見つめていた両親をも。
 彼女は芋虫に「お前は誰だ?」と問われたらこう答えるでしょう、「わたしは全ての者に恐れられる支配者だ」「愛されるよりも恐れられた方がいい!」と。
 けれど彼女は自分に愛を囁いてくれるハートのジャックを傍らに置き続けます。そして彼女なりに彼だけに本音を呟きます、「やはり愛されるより恐れられた方がいい…」と。


 悪役である彼女は最後に報いを受けねばなりません。
 恐怖で押さえつけるしか出来ず、白の女王のように国民を魅了することが出来ない彼女は追放されることになるのです。
 その時彼女はハートのジャックを見つめます。ずっと一緒よ、と。
 けれど彼は何においても大きいものが好きなだけであって、彼女が王冠を失い権力を失った瞬間、彼にとって彼女は大きい頭を持っているだけのとてもちっぽけな女に見え、彼は彼女を殺そうとします。
 …その時の彼女の傷ついた顔。


 わたしはアリスより赤の女王を見つめ続けていました。
 本当に彼女が残忍なだけだったら、ジャバウォッキーを使ってとっくに白の女王を殺していたはずなのに、何故殺さなかったのか。或いは殺せなかったのか。
 それを想うと、この不器用過ぎる女王を愛さずにはいられませんでした。


 映画の外で生きる人間にとっても、体はいつだって大きすぎるか小さすぎるか。
 たとえ「わたしを食べて」「わたしを飲んで」と書かれた食べ物で体を調節するアリスを真似て、自分を変えようと幾ら試みようとも。満たされることはない。
 巨大過ぎる頭を持って玉座に君臨した赤の女王は、一体どんな自分を切望したのでしょうか。

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