原作…志名坂高次 作画…粂田晃宏『モンキーピーク』1〜9巻の感想
※注
以下のレビューにはネタバレが含まれています!




薬害疑惑のある製薬会社の社員たちが、会社の変革に向けて団結すべく、登山を始めるところからスタートする漫画。

この登山は、単なる会社のレクリエーションの一環のはずでした。

目的地まで登ったら、テントを張って休み、夜が明けたら下山して、また日常生活が送れる…はずでした。

突然現れた巨大な猿がナタで社員たちを惨殺し始めるまでは。

全員、携帯電話を担当者(既に死亡)に預けており、みんなの携帯電話を入れたはずの袋が消えてしまったため、外部との連絡手段が全くありません。

遺体を見つけた社員たちは動揺しながらも何とか下山しようとするけれど、偽の標識にまんまと騙されて、道に迷い、また猿に殺されます。

社員たちはパニックになってお互いを巻き込む形で階段から落ち、怪我人も死者も続出。

二手に分かれて助けを呼ぼうと試みるけれど、その間も猿は容赦なく襲撃してきます。

主人公・早乙女(営業)と安斎(法務)が襲われている社員たちを助けようと駆けつけるけれど、間に合わず。

早乙女と安斎が目にしたのは、逃げようとして背中を切りつけられた人や、怪我をして動けなかった人や意識の無かった人まで殺された凄惨な現場…。

早乙女と安斎が二人掛かりで猿に反撃するけれど、人間以上に大きなこの猿はビクともせず。

社員たちは猿から逃れるため、山小屋を目指して必死に歩き続けるけれど、どんどん水が残り少なくなっていき、食料も無く、不安と苛立ちも募っていきます。

それでも、社長がしっかりとリーダーシップを発揮してくれたので、みんながバラバラになることはありませんでした。

みんな慣れない登山で心身ともに疲れ、脱水症状になりながらも、どうにか山小屋まで辿り着きますが、山小屋にあった水を猿に捨てられ、社長が猿に弓で射られ…、どんどん人数が減っていきます。

猿は槍まで持って襲ってきました。

ナタ。
弓。
槍。

ここまで武器を器用に使うとなると、単なる「巨大な猿」ではないことが明白になってきました。

猿の格好をして誤魔化してはいるけれど、その一部の中身は人間。

そこにあるのは、社員たちに対する「殺す」という強烈な意思。

「威嚇する」でもなく、「怪我をさせる」でもなく。

目的は「殺す」こと。

猿の正体は人間なのか?

だとしたら誰が何のために自分たちを殺そうとしているのか?

それがハッキリしないまま、みんな「この中に実は猿の仲間が居て、猿の手引きをしているのでは?」とお互いを疑うようになっていきます。

社長亡き後、リーダーシップを発揮するようになった安斎のやり方を気に入らない者もいます。

猿だけでなく、滑落する恐怖、疲労、睡眠不足、脱水症状、ハンガーノック、低体温症、凍傷、更に不運なことに風や雨や雷までもが襲ってくる中、お互いを信頼しきれないのは非常に辛いものがあります。

やがて、猿が一匹だけではなく、複数いることが判明。

猿の正体が猿の格好をしたただの人間である場合もありますが、別格の、まるで魔物のような猿の存在も明らかになり、事態はどんどん絶望的になっていきます。

こうした極限状態を描いたサバイバル系の漫画は世の中に沢山ありますが、わたしはこの漫画を読みながらまるで歴史の本を読んでいるかのような気分になりました。

「これくらいの山ならへっちゃらでしょ」と山を甘く見る者。

他の者をあからさまに足手まとい扱いして馬鹿にする者。

危険と分かっていながら、誰かを助けに行こうとする者。

毒物が混入されているかもしれない食べ物を、自分が毒味する、と志願する者。

怪しい行動をとった者を容赦ない拷問にかける者。

どさくさに紛れて殺人を行い、猿の仕業であるかのように見せかけようとする者。

仲間を助けるため、猿と刺し違えてでも猿を殺そうとする者。

弱い立場の者をうまく騙して利用しようとする者。

偶然現れた登山者がせっかく電話を持っていたのに、正常な思考が出来ず、貴重なその電話を奪い取って放り投げてしまった者。

全員で平等に分けるべき飲み物を盗む者。

自分の罪を他人に着せる者。

足手まといの者を盾にして自分は助かろうとする者。

生き残るため、死者から持ち物を奪う者。

爆弾を作り、猿と共に自爆することで、仲間を助けようとする者。

自分の行いを「絶対正義」と正当化する者。

誰かを囮にして自分だけ助かろうとする者。

どんなに極限状態に追い込まれても、互いに助け合おうとする者。

生き残ることよりも猿への敵討ちを優先する者。

復讐とは無関係な、何の罪もない登山者や、救助にやって来た人たちを、自分の計画を遂行するために殺す者…。

この漫画の舞台は山だけれど、この山で行われている人間模様は、これまで地球上で人類が幾度となく繰り広げてきたことと同じ。

人間の正の部分と負の部分を両方見せつけられます。

この漫画にはレイプや子殺しが出てこないことがせめてもの救いですが、登山メンバー次第ではそういう状況にも成り得たかもしれません。

それでも山は人間の行いをただじっと見つめ続けるのでしょう。

けれど、人類の中には、この漫画の早乙女たちのように、どんな窮地においても善良であり続ける人たちが存在しており、そのおかげで今まで人類は絶滅を免れてきたのだろうな…、とわたしは早乙女たちの言動を見ながら思いました。

刺し違えてでも敵を倒そうとする若者たちの姿には、不謹慎かもしれませんがわたしは特攻隊の若者の姿を重ねずにはいられませんでした。

また、おそらく当初、この登山計画は薬害をもたらした社員たちへの復讐のため猿側の人間が計画したものだったとしても、偶然山にやって来ただけの登山者たちや、救助隊、警察など、薬害に全く関係のない人たちをも殺戮して、どんどん被害を拡大させて、もはや猿側からしても収集がつかなくなっていく描写が、第二次世界大戦でどんどん追い詰められていく日本の姿と重なりました。

なんてむごい。

誰かが自分の命を犠牲にしなくても、争わずにいられて、みんなで笑って暮らせる世の中に出来たらどれほど良いでしょう。

そうして沢山の若い命が散っていっても、この漫画のように訳も分からぬまま命を奪われる人は、現実世界でもちっともいなくなっていません。

毎日ニュースを見ていると、毎日どこかで誰かが誰かを殺しているし、この漫画の中だって、誰かが命がけで猿を倒しても、また別の猿が現れてまた誰かを殺します。

この漫画が現実と重なって見えて、読んでいるととても辛いですが、登場人物たちがせめて一人でも多く生き残ってくれることをわたしは願います。

なお、この漫画は現在、単行本が9巻まで発売されたばかり。

10巻以降の発売が早くも待ち遠しいです。

登山初日のメンバーは40人居たのが、9巻現在において生き残りはたったの8人…。

しかもその8人の中には猿の仲間がいます。

どうにか早乙女たちに救われて欲しいです。

もし全滅なんてしてしまったら、まるで命がけのバトンを繋ぐかのように犠牲となっていった人たちが報われないから。

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